中国万事通

マニアックな世界へようこそ(白族自治州博物館・下)~ 大理 その11

2017/09/14

(「大理白族自治州博物館」内の銅板。歴史的故事が描かれている。)

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(大理の年表)

○大理の遺産

・大理石

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(雲のかかっている山のように見える)

大理石は、大理の名産だ。 大理石は、大理で取れた石だからその名前が付けられた。

この博物館に、展示室を一室設けて、その部屋中に大理石が展示されている。 大理石は、その断面に現れた模様を見て楽しむ。 このため、絵画のように、木彫りの額を作り、その中に大理石をはめ込んだ形で展示されている。

明代の大旅行家である徐霞客は、大理石のあまりの美しさに、 「大理石で山水を完璧に表現できるなら、画家たちは絵の題材がなくなってしまう」 画家の山水画は、自然の描く風景に劣ってしまうというわけだ。 その言葉を頭に入れて大理石を見て回ると、 大理石の美しさをなんともうまく表現したものだと感心した。

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(急流を描いたような大理石。或いは、木星の表面のようにも見える)

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(雪の積もった山脈のよう。山のふもとには草原が広がり、その手前には湖が広がる)

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(急峻な山のように見える)

展示室を回りながら思った。

大理石、家に飾りてぇ~。

お金ができたらいつか手に入れるぞ! と、心に誓うのであった、

・大理の仏像

大理博物館には、大理に残されていた仏像のレプリカが展示されている。 山奥の寺院から見つかった仏像が展示されていたりと、 仏教がこの地で深く信仰されていたことが感じ取れた。 三塔の仏教展示は「仏教が身近で、個人によりそって信仰されていたこと」を観点に文物が並べられていた。 この大きさはおそらく村単位の規模だっただろう。また違った角度から仏教を知る展示だった。

写真でお楽しみください。

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・漢代の陶器と文化が伝播するということ

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これは、大理で見つかった後漢時代の陶器だ。 僕はこれを見た時に「文化ってスゴい!」と感服した。

まず、これは漢代にはよく見られる陶器で、 貴人が逝去して埋葬されたときに、一緒に埋められるものだ。 これを見て、漢人の文化が、あまりに遠くまで及んでいることに驚いた。

もしかしたら、この陶器は中央から派遣された役人の墓から出土したものかもしれない。 後漢時代の首都は洛陽であり、大理からは遠く離れている。 しかし、その距離をものともせず、役人を派遣し、その土地を統治する。 領土を支配し、統治するということに対する漢人の執念のようなものすら感じたのであった。 そして、統治者の文化というものは、得てして現地で尊ばれていくものだ。 優れた統治者である漢族の文化が中国全土に広まっていくのは、 故無きことではないのだろうな、と思った。

・お墓の形

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大理博物館には、大理とその周辺の土地が輩出した偉人を紹介しているスペースがある。 これは、その中の一人のパネルだ。 注目してほしいのは、下部に掲載されているこの人のお墓。 この墓の形は、この辺りでは一般的なようだ。 麗江から大理に向かう列車の車窓から外を眺めると、 山の中腹にこの形のお墓が並んでいた。

絶えず風雨にさらされることによって年季の入ったその姿は、 日本の墓石のようにしっかり「我ここにあり」と主張するのではなく、 山の風景に溶け込んでいるように見えた。

・茶馬古道

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(ホントは少し違うんだけど、手元にちょうどいい地図がないので代用します)

茶馬古道は、2千年以上前から続いている、雲南とチベットを結ぶ交易ルートです。 商人は、雲南からプーアル茶をラサまで運び、ラサでは戦争に強いチベット馬と交換するという商売をしていました。 その移動は山奥の道や急な崖を通る道だったので、片道だけでも3か月もかかりました。

プーアル茶を購入する際に、「発酵するものと発酵させないものがある」と茶店の方から説明を受けました。 プーアル茶は、昆明より南にあるプーアルという村の特産品です。 ラサで売られるプーアル茶は、発酵済のものでした。 その村からチベットのラサまで、ロバにお茶を背負わせて、えっちらおっちら歩いて行く間に、茶葉が自然と発酵するのです。

茶葉は、春先に採るものが一番おいしいと言われています。 それをチベットに運んでいくうちに、雲南地方は雨期に入ります。 山の中を降り続く小雨と、湿った空気によって、茶葉がだんだん発酵していきます。 そして、出発から3か月経ち、ラサに到着するころには、 茶葉は完全に発酵した状態になるのです。

また、チベットでは3~5千メートル級の高山が連なるため、 木や野菜は育ちません。芝生の草原が広がるのみです。 そんな高山地帯を生息地としているのが、ヤクという動物です。 チベットでは、普段はヤクを放牧して暮らしています。 食事はヤクの肉やミルクが主食になります。 チベットの人たちにとって、ヤクは生活と切って離せないのです。

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(ヤク) しかし、チベットでは野菜が育たないため、ビタミンが欠乏してしまいます。 その足りない栄養素を補うのが、茶馬交易によってもたらされるお茶なのです。 お茶はチベット人にとって、まさに文字通りの生命線なのです。

この話を聞くたび、モンゴル人と同じだなあ~と感じます。 モンゴル人がチベット仏教を受け入れたのも、 生活する土地の風景が似ていたり、生活様式が似ていたり、 この辺りに親和性を感じたからかな、なんてとりとめもなく思っています。

また、茶馬古道はラサを越え、遠くインドまで続いています。 この茶馬古道や、別の「西南シルクロード」と呼ばれる交易ルートに関する話は面白いので、後日別で独立した記事を作ります。

次回は、雲南省の省都、昆明に行きます! 龍門石窟の悲劇とは?

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マジメなオマケ

1.大理国の年表

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(南詔と大理の年表)

2.白族のエリートが詠んだ漢詩

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漢文の実力が足りず、翻訳できません(涙)。

おしまい。


えもん

えもん 大学では文学部に行きたかった都内IT企業のエンジニアです。
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