中国万事通

官渡コチンのウ○コ棋院!?(官渡古鎮/上:昆明3 )

2017/09/23

(官渡古鎮の東入口、広福路大牌坊)

○雲南省博物館から徒歩10分

官渡古鎮は、地球の歩き方にも現地で買ったガイドブックにも、あまりページは割かれていない。 しかし、この場所で雲南省の面目躍如ともいえるものを見ることができたため、 個人的には大いに満足したのだった。

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この官渡古鎮は、昔の町がそのまま残されている場所だ。始まりは唐代。以来、清代に至るまで、官僚がこの街に住んでいたとのことだ。 国家AAAA級景区(AAAAレベルの観光地)に指定されている。 ちなみに、中国では遺跡の重要度をAの数で表す。 一番重要な場所は、Aが5つ連なる国家AAAAA級景区だ。 ちなみに、大理の三塔はA5レベルである。

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自分はまず地図の一番右の中段の通りにいる。 このため、観光ルートはメインストリートである九転花街(街 jie1 は通りという意味)をまっすぐ進み、 広場をぐるっと回ってまた戻ってくることにする。

この時点で夕方5時前だ。時計の時間と比べて、実際の時間は1時間早いため(注:~~参照)、 体感としては4時であるため、まだ日は暮れそうにもない。 しかし、お店は時計の時間通りに動く。このため、主要な場所が閉まることを恐れていた。

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(九転花街の東端)

さっそく広場に向かって進むと、右手でおじさんが飴で動物の形を作り、それを売っている。 周りに人だかりができていたので近づいてみるものの、みんな動物が出来上がっても「おお~」と嘆息するだけで、自分では買おうとしない。 唯一、子供が親にねだって1本買って貰っていただけだ。

帰るときにもう一度見てみると、もう周りにはだれもおらず、店先に出来上がった動物が寂しく並んでいただけだった。 ショーというものは、お金を払って初めてショーを見るというビジネスモデルだと、みんなが見たいショーである場合、お客さんはお金を払う。 しかし、ショー自体ではお金を取らず、ショーで集まってきた人にものを売る場合、みんなショーを見て満足する。 物が売れなければただ働きに近い。う~ん、厳しい商売だなぁ。

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(この店は、東南アジア各国に近い場所にあるという雲南の特色を表していると思う)

道の両側には、どこの観光都市にもあるような土産物屋や、 小吃店(シャオチー。食べ歩きできるようなちょっとした食事)、お茶を売るお店が並んでいた。 その中でも雲南の特色が出ているのは、東南アジア商品館というエスニックな雑貨を扱ったお店や、 ミャンマーのヒスイ(玉。古代中国ではダイヤモンド以上の価値がある)を売っているお店があった。

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(緬甸はミャンマーを表す)

ミャンマーのヒスイの産地は、ミャンマー国内の北東部に集まっており、そこは少数民族の反政府軍が押さえている。 反政府軍はヒスイを採掘して軍資金にしているとのことだ。 しかし、反政府軍といっても、もともとミャンマーの国を建てた多数民族のビルマ族が少数民族を弾圧したことに端を発するため、一概に政府の抵抗勢力として活動を始めたわけではなく、どちらが善でどちらが悪かはっきりと分けることはできない。 少数民族は自分の土地を守り、自分たちの生活を維持することに必死だし、ミャンマー軍は国を統一するために行動している。 その人が寄って立つ見方によって、善悪は入れ替わるのである。

このあたりは、ミャンマー事情に詳しい冒険家の高野秀行氏の著書『アヘン王国潜入記』に詳しい。 まあ、ここで売っているものは正規ルートで売買したものだろうと思うが。○尾籠な話で恐縮です

そんなことを思い出しながら周りを見回していると、こんな文字が目に飛び込んできた。

「雲子棋院」

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う○こ棋院!?

汚い話ですみません(笑)。 これ子供の時なら大笑いしていただろうなあ。 一体何か見当もつかず、とりあえず中に入ってみた。

すると、入口のパネルには、縦横に直線が描かれ、 その線が交差するところには黒丸が描かれている。 なんてことはない。碁盤であった。 解説のパネルには、「この地方で産出した岩を削って作られた石は、 その美しさを持って天下に聞こえ、明・清代には皇帝への献上品ともなった」とある。

雲子は、「雲南で取れる石から作った碁石」のことだったのだ。 このブログでもおなじみとなった徐霞客の著書にも、「碁石は雲南が生産地である。特に永昌のものが良品である」と書いてある。 な~んだ。いやまあ、中国語読みではもちろんそんな汚い意味はない。 同じ漢字でも発音は全く違うし(雲子 yunzi)、大きいほうは別の言葉があるので、 今日は疲れてるのかなあなんて、目の前に光輝く碁石の展示を 見ながら思った。

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(碁石の原材料。岩を砕いて粉上にし、焼き固める製法のようだ)

後日、西夏(宋の時代、西域の砂漠地帯をメインに支配した王朝)の遺物として出土した碁石を見る機会があった。 この碁石の製法は素焼きだ。 さらに、砂漠の中で1000年を経た碁石は、砂の影響か、白黒ともに表面はざらざらになっていた。 また、欠けているところから砂色をした岩が覗いていた。

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(砂漠地帯を支配した西夏の碁石)

しかし、雲南では硬度の高い石が取れるため、強く打ち付けても欠けたり削れることはなかっただろう。 また、白い岩や黒い岩から削り取っているため、白は透き通るような白、黒は吸い込まれるような漆黒だった。 さらに、身分ある人の依頼か、職人の趣向か、白黒以外に色のついた石も展示してあった。 アメジストや瑪瑙を使って作られているとのことだ。 あいにく、この碁石は、カメラの容量がいっぱいで撮影することができなかったため、次回昆明に行くことがあれば、改めて写真に収めたい。

次回は、官渡古鎮の後編です!


えもん

えもん 大学では文学部に行きたかった都内IT企業のエンジニアです。
Twitter: @koneko_mc